体験や感じ方

子どもが生まれた。

いたずらをして体育の器具をこわした。先生はなぐって叱った。大変熱心ないい先生であった。しかし、親たちは署名運動をして教育委員会に訴え、その先生は別の学校に行った。それ以来、父兄には、先生を異動させる力があるということを親たちも子供たちも知り、その微妙な態度が教師に反映しているのだという。
なぐれば署名運動、そして今、その運動の中心をなした父兄が、今度はなぐらないことで教師を非難しているというのは矛盾している。口々に教師の事なかれ主義を批判する前に、何故、教師がそうした態度に出たかを父兄も考えてみる必要がありそうだ。この学校のなぐらなかった教師には直接会った。じつは私自身もなくればよいと思っていた。しかし、柔道三段であるその先生は、自分より弱い生徒をなぐることはできない、また、なぐるばかりが教師のつとめではないと思っていると言い、なぐらなかった自分をこそ、ひそかに自分でほめてやりたいぐらいだったという態度を私は立派だと思った。
体験や感じ方

子どもにとって家族の中に兄弟

何が子供にとって一番よいしつけなのか。
子供の服装を派手にしたり、ほしがるままに小遣いを与える親というのは、子供の仕合わせということよりも、自分の見栄のためであることが多いのではないだろうか。あそこの家はいつも同じものを着せていると思われるのではないかなど、要らぬ心配をしたりしていつか鳩待峠を下って、尾瀬を横断し、三平峠へ抜けて行ったことがある。もう夕方近いころだったが、二00人近い中学生の一団が反対側から登ってきた。全員真っ白のトレパン、真っ白のシャツ、それに真っ白の運動靴。それもほとんどが新品にみえる。東京都内のある中学の子供たちであった。
山に登るのに、純白の服装、しかも新品の一そろえを着せられたら、子供は可哀相だと
まず思った。子供自身も汚したくないと思うだろうし、親もきっと、あまり汚すなと言って送り出したに違いない。どろんこになって帰ってこいという親はあまりいない。
そうなれば、子供はどうしても服装に制約される。

 

子どもの前でばらしち

山に行くときは、洗いざらしの丈夫な、いくらどろんこになっても汚れても構わないという服装をさせてほしい。ひとが新品だから自分の子もなどという考え方は、子供に迷惑であるいつか白馬の雪渓を運動靴で登ってくる一団があった。雪渓はすべるので、ギザギザの靴底でなければいけない。なぜ親はそのくらいのわずかなことに気づかないのであろうかもちろん教師が注意しないのもいけないけれども、子供が斜面をすべって、岩にぶつかって、けがをして学校の責任を問うだけでは困る親は白馬に行くという計画を自分の子が持ってきたとき、すぐに教師に聞いたらよい運動靴で大丈夫なのでしょうか
七五三を写真館で芸術的に
先生と並んで歩き

母親が言葉について

たよりない教師がわからないと言ったら、「すぐに現地に電話して、白馬の雪渓は運動靴でいいかどうか聞いてください」とたのめばいい。もしも教師が忙しくて手が及ばなかったら、親がそのくらいのことはしてもよい。現地からは絶対に危険という答が返ってくるはずである。これも東京都内の公立の一つの中学でまた、苗場山に登ったとき、地元の中学生はたしか五人に一人ぐらいの割合で先生がっいていたが、尾瀬で会った東京の中学は、二〇人に一人くらいの引率であった。もし教師が知らなかったら、親が注意してほしいところである。大事なのは事故をおこさないことなのだからところが、親の中には教師によけいなことを言うと、内申書が悪くなるという心配をするひとがいる。よく卒業式のときなど、みんなで出し合って教師にお礼をする習慣があるが、それだけでは不安で、自分は別の品物を届けなければならないと思いこむひともいる受験戦争の激しさとともに、贈物競争も年々エスカレートしているようである。

教育について私は一つの確信を持っています。

子供をスパイにして、そっと何ちゃんに聞いてごらんなどと言ってみたり、何とかさんのところは何々を贈ったなどと、いつの間にか評判になったりしている。贈物の多い少ないの有無で、内申書を斟酌する教師など一人もいないと信じる私は、子供を人質にとられているなどと言わないで、もっと教師と父兄が率直に話しあうことをすすめたいんし教師の悪口も子供の前では絶対に言ってはならないことの一つであろう。新学期に教師の配属が発表になると、親は当ったとか外れたとか言ってさわぐ。とくに女の先生はきらわれて、女の先生が11度くらい続くと、校長のところに文句を言いに行ったりする。まして妊娠などされると、同性でありながら、母親たちの眼は冷たく意地悪く、女の先生の腹部にそそがれるのである。子供たちにとって、先生のお腹の赤ちゃんを大事にすることもすばらしい人間教育になると思うのにたしかに、男の先生は跳び箱を上手に跳ぶかもしれない。
生でなければできないような細かい心遣いをしてくれるけれども、女の先生は女の先いつか相模湖で、東京のある有名私立中学の生徒が遊覧船にたくさん乗り過ぎて、たちがたくさん死んでしまった不幸な事故があった。
子供を全面的に信用することから始めることです。

子どもが楽しめることを親が提案してあげましょう。


子供知りあいの別の私立の女子中学校の女の先生がそのとき語った言葉が忘れられない
私の学校でも、あの少し前に相模湖に行きました。名簿順に生徒を並べないで、目方の順に整理して舟をわけて乗せましたから、乗せ過ぎということはありませんでしたこれは女の発想ではないだろうか。女は、お産をし、子供を育て、安全地帯に自分の身を置こうとする本能があるから、危険に対して敏感である。男の先生は、そのくらい大丈夫。ときには冒険をする。近ごろは何でも平等にすることがはやる。目方で区別したりし
て、差別だ侮辱だとさわぐ父兄や子供たちが、とくに目方の重い方から出るかもしれない。