幼児の活動を区切るようにします

教育をそこで

子どもにもじんわり伝わると思いますほら、10代の少年が信じられないような凶悪犯罪を起こしてしまったときなどに、よくニュースで「信じられない。近所では『いい子』で有名だったのに……」などというコメントが放映されることがありますよね。凶悪犯罪とまではいかなくても、幼いころに「いい子」で通っていた子どもほど、不登校、ひきこもり、非行、過度の反抗、キレやすくなるなどの問題行動を起こしやすいことを多くの専門家が指摘しています。「いい子」ほどあとで問題を引き起こすのでしょう。小さいころから「大人にとって都合のいい子」であることを押しつけられ、本来の子どもらしさを失ってしまった子どもは「いい子」を演じ続けます。しつけをするぞ!子どもに追い越されてしまったのです

幼児がけんかをしてけがをしたようなときは

幼児はおねしょをしたら

親を困らせないようにすることを第一に考えてしまう癖が身についているので、本心を隠しガマンを重ねるようになります。親は「うちの子は『いい子と思い込み、油断しているので、子どもの本心に気づく機会がありません。親の期待にあわせて見せる表向きの姿と、本当の自分の間に大きな乖離が生じるのです。それが爆発するのが思春期なのです。地震の起こる仕組みと同じです。プレートのひずみが大きければ大きいほど、幼いころから積もり重なったひずみが、思春期に大地震を引き起こすのです大きな地震が起こります。

子どもにはまだ

ただ、進学後の具体的なイメージや高校卒業後の道筋は大人のほうが想像できます。ですから子どもが将来やりたいと思っていることをよく聞いて、「この学校ならこれが勉強できるよ」「あそこならこんなことができるんじゃない?」と伝えてあげてください。また、「ここに行くなら電車の乗り換えが二回あるよ」「一時間ぐらいかかるね」など、通学する距離や時間の情報も伝えてください。ただし、「遠くて、すぐにイヤになるだろうからやめておきなさい」など、自分の判断は押し付けず、最終的な判断は子どもに委ねることが大事です。子どもの成長は「行きつ戻り3採点されて戻ってきたテストは、点数だけではなく内容も見てほしいと思います。

子どもの将来の姿をイメージしたそして

見たらカーッとなるお母さんもいるでしょう(笑)。ちょっとした勘違いや見落としなど、「どうしてこんなところでミスするの!」と思うようなところが一つや二つはあるはずです。でも、そこでミスの原因を追及しても仕方ありません。子どもはミスをするものです。ミスが少ないのはちょっと引いて全体を見ることができる精神年齢の高い子どもで、それも中学三年生ぐらいになってからの話です。一歩引いて全体を見るというのは、大人にとってはなんでもないことかもしれませんが、子どもにはまだまだ難しいのです。
育てるギモン&対話例30自分自身の言葉で語ることを大切にしよう

子どもを強い不安に陥れてしまうのです

ふだん蚊は、生きていくための栄養を花や果物からとっているんだよ。子:卵を産むということは、血を吸うのはメスの蚊だけなの?父:そうなんだ。自分の体重と同じくらいの血を吸うこともあるみたいだよ。父:女の人は、お腹の中に赤ちゃん専用のお部屋を持ってるんだ。そこには、赤ちゃんのもとになる小さな卵みたいなものがあるんだよ。

子どもの言葉を引き出すためにこちらはどのような質問をするかまた

子:それが大きくなると、赤ちゃんになるんだね!父:そうなんだ。でも、その卵だけじゃ、赤ちゃんにはなれない。ママのお腹にある卵と、お父さんが持っている赤ちゃんのもとが出会った時、子:お父さんも、赤ちゃんのもとを持ってるんだ。スゴイなー。父:でも、ママの卵と、お父さんの赤ちゃんのもとは、簡単に出会えないんだ。ママのお腹にある卵には、ほとんど辿りつけないんだよ。

子どもなのですこのような

子どもはお金をもち

先生の態度が悪い、つまり、あやまり方が悪かったのに根をもつ父兄が学校を告訴した。さあこれなら記事になる。デカデカと書き立てる。悪いのは学校にきまっている。校長が平身低頭した陳謝の談話をとられる。次の異動で左遷させられるにきまっている。運動会は危ない。やめてしまおう。その代り先生たちだけの運動会をしよう。さわらぬ生徒にたたりなし。

  • 子どもの自由な発想を抑圧する恐れがあるわけです
  • 子どもへの要望というひとつのメッセージなのです
  • 幼児の世話などもある程度できているとお母さんはどうしても最初から

子どもができるのは口を出しこういうことにしたのはったい誰だ。運動会が危なければ、水泳指導だって安全ではない。学校のプールは町の人に開放、生徒としてではなく町の子としてなら泳げます。親につれられて海へ行ったこどもが夏のうち日曜ごとに何十人も死ぬが、こんなのはニュースにならない。親たちを非難する記事は不都合で、都合の悪いものは出さぬに限るのである学校のプールで水泳指導中に心臓マヒをおこしたこどもがひとりいたら、まず三段ヌキの記事になる。

 

育ての究極の目標ともいえます

そこでどうやら新聞は数の多い方を恐れているらしいと見学校はごく少数の当事者がいるだけだが、家庭となるとほとんどの人がかかわる。家庭を批判すれば、ほぼ万人に苦言を呈することになって、安全でない少数派を槍玉にあげるに限る。それに学校に不満をもっている家庭がすくなくない。学校がやっつけられると何となく溜飲を下げる。その心理を新聞が知らぬはずはあるまい。
子どもに圧力を加えてきたという経過があります
しつけをするなどということは考えられもしないからである
知っていて読者の心理を籠絡、操作しているのだとしたらまことにきたない報道と言うべきである教育に対する関心が高まっているという。選挙のときなど、あまり勉強もしなかったような候補者までが教育をよくしてみせる、というような見得を切るのが流行する。新聞もコソ泥の記事なんかより、入試にミスがあった、不正があった、といったニュースの方がずっと喜ばれることを知った。何とかして教育を社会面の記事にしたがる。ほめる記事ではしまらないから、何か不祥事はないかとかぎまわる運動会をやったら、生徒が怪我をした。

 

子どもの幼少期の姿に見えて仕方がないのは

「私は叱られて奮起するタイプなので、子どももそうなのでは私も子どもの頃は叱られた。それがよかった」という人もいました。人によって度合いは違いますが、それでもやっぱりほめるのが先というのがぼくの考えです。時々、お母さん方からこう言われることがあります。「うちの子、塾から帰るなり楽しかった!うんですけど、ちゃんと勉強していますか?友だちとおしゃべりしてるんじゃないでしょうか。

育てるというのは

寺子屋では授業中に私語がありません。はじめに子どもたちに「私語は他人の迷惑になるから決してしてはいけない」と話をして納得させているからです。では、なぜ「楽しかった」と言うのでしょうか。まずぼくたちは、子どもが寺子屋に来たら、話を聞いたりしてリラックスさせます。そして、「今からみんなで勉強して、こんなことができるようになるぞ」と期待感をもたせます。