子供を全面的に信用することから始めることです。

子供も振りまわされているように思います。

母の姿に近付くのです昔
子供が勝手にお菓子をとって食べるので注意すると、母親が、払えばいいんでしょう、いくら食べたんですかと、財布をあけて、精算してくださいと言う。一つも、悪かったと言って謝まるとか、子供を叱るとかはしない。
子供が勝手に食べたり、とったりしたのを自分で見つけて、これだけ食べました。これとりました。計算してくださいと、値段書きを持ってくる母親もいる。品物はお金を払ってから食べるもの、というしつけをしていない。全く困りますと、経営者が言う。いならんだ母親たちの中から一人が、「しかし、スーパーというところは、どうして子供の手の届くところに、子供のほしがるものを並べておくんでしょうね。

中学校を受けました。
いかにもとれといわんばかりで、子供がかわいそうですよ」と言った。
私はびっくりして、こういうお母さんは一体そのひと自身、たのかとそのひとの顔を見つめてしまった。
どういうしつけを受けてきずっと前に宮城まり子さんと対談したときうかがった話である。新宿のあるデパートのエレベーターの中で、乗り合わせた子供がいつもエレベーターのドアのところを手でさわるから、エレベーターガールが、坊ちゃん、危ないですよと注意していた。三階、四階ととまるたびに手でさわるから危ないので、宮城さんが見るに見かねて、この扉の間にはさまれると痛いのよと教えてやった。
私がそれはいいことなさいましたね。お母さんが感謝したでしょうと言ったら、「いいえ、このエレベーターの中には、こわいおばちゃんがいるから、外に行きましようって、次の階で降りてしまったんですよ」。
こんな話を聞くと、子供の教育というよりも、母親の教育にどこか欠落したところがあったのではないかと思えてしまう。母親の年齢を逆算して考えてみると、いま、四十五六歳のひとたちは、戦争の最中から戦後にかけて幼児期をすごしている。

勉強など教えてくれなくてもいい

私自身もその年頃の子供たちを持ち、いつも買い出しに走り回り、家が没落し、必死に働かなくてはならなかった戦前の教育の指針は全くくずれて、教育勅語は見返られなくなり、教育界自体が混乱の極みにあった。人々は家を失ない、食糧を、職を求めて右往左往し、目前の生活を支えるのに精一杯であったから、子供のしつけどころではなかった。ひたすらに物質を追い求め、生きることの目的は、物質をゆたかにすることにあるという考え方が強かったと思う母親たちが集まってよく問題にするのは、校舎が不便だとか、教室の広さなど、容れ物の話ばかりで、その教室の中にすわる子供たちをどういうふうに育てればよいか、肝心の人間のことはあまり話題にのぼらない。それこそ仏つくって魂入れずである。子供の心をどうとらえたらよいのか悩んでいますという質問をするお母さんには、あまり会ったこ
とがない。
ただ子供の進学する学校の心配ばかりしている。

子供の話は理路整然とはしていないものです。子供を全面的に信用することから始めることです。中学修了は義務教育なので、それまではなるべく落ちこぼれないように一生懸命やってほしいけれど、何も高校全入などがすべてではないと思う。まして四年制の大学に誰も彼も行くというのはどんなものかno欧米諸国のように入ることは入っても、試験を受けてダメなひとは卒業できない、一つの大学に十年かかっても、そのとき、そのひとに合った勉強をしていくというならいいけれど、就職のための一つの資格として無理して大学に入るというのはどんなものか。
日本は学歴尊重の社会だからやむを得ないと言うけれど、その学歴社会は、自分たち自身がこわしていかなければならない。ひとがこわしてくれるのを待っていたのでは、いつまでも学歴社会が続くだけではないだろうか私は中学だけで社会に出ていくひとが、もっとふえてもいいと思う。

高校生だった。

落ちこぼれと言われる子供たちは、勉強よりもほかに向いていることがあるのではないだろうか私があるときお母さんたちの会で、落ちこぼれた子供だけを集めて、別なクラスをつくったらどうでしょうと提案したら即座に反対されてしまった。「それは差別ですよ。そんなクラスに入れられたら、うちの子は恥ずかしくて学校に行かないし、私も恥ずかしくてとても行かせられません」。とにかく母親たちは、自分のうちの子供の出来が悪いと言われることは、絶対に嫌う。

子供に流行語を使わせて良いかどう

なるべく掩いかくして秘密にして、何か事件でもおこしたら、それは社会の責任にして、自分たちは直接傷つかないようにするという考え方が定着しているようだ。あるいは子供のしつけをあれこれ言うよりは、親の生き方を変えていくことの方が先決なのかもしれない。
自分の子を一体どうしたらいいかわからないという母親の声をよく聞く。子供が生まれてから、どうしていいかわからないではおそいのではないだろうか。子供もせっかく生まれて来て、親におたおたされては可哀相だおお戦前の中学校は別学で、女学校とよばれた女ばかりの学校では、卒業まぎわになると結婚の意味、妊娠、出産、よい家族関係のつくり方などを一応学校で教えた。

      子どもをせきたて
      子供と接触する時間が少ないからといって
      子供は就寝を遅らせたり家


子供を全面的に信用することから始めることです。 子供がやがて 子どもを叱って