母親は人生の先達として

教育に適応している限り創造性は育たないという

しかし子供たちにとっては、もっと切りつめた暮しでよいから、お母ちゃんはこの京都の家から出てもらいたくないのにちがいな私は家のため、家の生計をたてるためにとは言いながら、一方では仕事に生きることに張り合いも感じていた。しかし、母である女が外での仕事をつづけようとする時、どのあたりまでが家のため、どのあたりから自分のためかを分けることはむずかしく、結局、子供への影響を思って、いつでも仕事を棄てる勇気を持たなければいけないのではないかなどと考えてしまった子供についていくら考えても心配してもし足りるということはないと思う。
子どもの表情や会話に劇的な変化

母さんやらバーのホステスやらわかりませんね

私の眼に入った修学旅行中の子供たちの様子を少し話してみたいたまたまある日、私は上野駅から東北行きの特急に乗った。私の席は後ろから二番目で、その車輛はよその中学生がほとんどを占めて、私を除いて10人ぐらい、普通の乗客がいた。私の後ろの二人がけの席に中学生の、男、女、男が三人がけして、更に一人の女の子は、男の子のひざの上、もう一人の男の子は女の子のひざの上に乗って、男の子は女の子のハンカチを首に巻き、女の子は男の子の帽子をかぶって、自分たちとしては、男の子も女の子も仲よく遊んでいるという気持だったのかもしれない。

 

教育をしところ

しかし、中学二年生、三年生はこっちがハラハラするような成年男子と女子で、相手のものを身につけるというのは、異性同士の絡み合った姿に見える。女の子がさかんに嬌声を発していて、車内がまるでバかキャバレーのような雰囲気であるその車内には教師が二人、同乗していた。牛乳を配りに来たり、点呼をしたことから教師というのがわかった。しかし子供たちの騒ぎに対して、そのひとたちは、ひとつも注意をしない。ほかの生徒は、自分たちの仲間が嬌声を発して大騒ぎをしているので、気持の悪いほど静まり返っている。みんな、その友達を気にしていることがはっきりわかるそれでも教師はひとつも注意をしない。
子どもでも親のすることをよく見ているのですね
高校へ進学するものが九。

父親が転勤になるとこど

私は、そういうときに注意しない教師の気持をよく考えてみるけれども、それほど目に余った振る舞いでなくても、国電現·JRなどに乗ると、修学旅行帰りとか、遠足帰りの子供たちと乗り合わすことは往々にしてある。小学生などでも、車内に入ると興奮して、みんな、けたたましい大きな声で笑ったり、騒いだりじゃれ合ったりしている。しかし引率の教師で、おい、君たち、静かにしろとか皆さん、静かにと注意をするのを聞いたことがない。女の教師でも男の教師でも黙っている。ひどいひとは、これらの引率ではないという顔をして、遠くに離れて週刊誌などを読んでいる。電車から降りて、ホムに整列させたりしているのを見て初めて、ああ、あれが教師だったかと気がつくほどであるもっとひどい教師は、これも国電現·JRのある駅で見た情景の一つ。教師だけが降りた。もちろんどこかですでに解散して、うちに帰るという、行事が終わった後の教師と生徒の風景であったが、窓をあけて生徒たちが声をそろえて、先生のバカと怒鳴っするとその先生はうれしそうに手を振って、愛の情を示して、階段を上がっていった。

成長が早くしっかりしている

バカ、バカ
と連呼している子供たちに親私は、その先生は寛大な人柄で、子供が言葉遣いを知らないのを許して、あした、学校で、ああいう言葉を使うものではありませんと教えるのかもしれないと思った。しかし相手をバカと言ってはいけないということは、幼稚園の子供でも先生たちから厳しく言わ
れている言葉である。もし他人に向かってバカと言ったら、ひどい場合にはなぐられることもある。そんなことは、小さいときからみんな十分知っているはずだそれが小学校の、しかも上級生にもなって、毎日自分を教えてくれる先生に対して、プラットホームや車内のたくさんのひとの見ている前で、バカ、バカとシュプレッヒコルをしたり、先生もうれしそうに手を振るというのは、どう考えてもおかしい。
教育や家庭環境のあり方がわいわい騒がれる。

大学までグライダーでとおしてき


ああいうとき先生は、すぐに一声、バカと言うんじゃないと怒鳴り返したり、あるいはチラッと顔をしかめて、そういう言葉がいかにひとに不愉快な気持を与えるかということを身をもって教えればよかったのにと思った。若い先生であったが、テレくさくてそんなことはできなかったのであろうか。たとえ教室を離れても、修学旅行の行事が終った後でも、生徒たちのやることが眼にあまる場合は、注意するのが教師の務めではないであろうか。もう終鈴が鳴ったからとか、学校ではないからとかいうことは許せないと思う。
東北の修学旅行の話にもどろう。一時間近くうるさいのが続いたので、宇都宮に来たとき私はとうとううるさいぞと怒鳴ってしまった。そのとき私は着物を着ていたので一体どこのババアかと思われたかもしれないけれども、着物を着た普通の姿で、男のようにうるさいぞと怒鳴った。

学習の原理を知らないで失敗する

中学生のころ

その場合、それ以外の言葉はどうしてもでて来なかったおやめなさいでも、うるそうございますよでもない。うるさいわでもない。男性用語のうるさいぞの一言で相手をおさえたかったのである途端にその子供たちも黙って、一瞬静まり返った。すると、大ぜいの生徒の中から、一人の子供が立ち上がると、私の方をむいてすみませんと大声で言ったのである。静かにしていたおとなしい子が、すみませんと謝る姿に私は感動した。同級生の騒ぎを他の者が詫びている。何という男らしい子だろうと思った。同時になぜ、教師が生徒より先に謝らないのだろうと思った。
子どもを叱って

子どもは知らないというような日本的風景

もし自席で謝るのが恥ずかしかったら、席を立ってきて、どうもすみませんと言うのが教師のはずだと思った。しかし先生たちはなお沈黙をつづけていた。そして宇都宮を過ぎてしばらくすると、先刻の女の子たちがまた、キャーと騒ぎだした。私はふたたび注意しなければならなくなった。「ここは学校の運動場ではないの私たちみんな一緒に乗っていて、乗客としては平等なのよ。この中には病人もいるかもしれないし、眠いひともいるかもしれない。静かにしなさい」。やっと静かになり、女の子二人は、1人ずつ自席にもどっていった。
私が行動的な人間であったので、見るに見かねて注意したけれど、もしこれがおとなしい乗客であったなら、ひどい目にあったと思いながら、被害を受けたままで泣き寝入りすることが多いのではないだろうか。

 

教育的なことはないのです。

それから私は席を立って、お行儀のいい方の列の中に入っていって、
あなたたち、ど,の中学ですかと聞いた。みんな胸に白い名札をつけて、福島県何々中学と書いてあったが、とっさに子供たちは、その中学の名前の上に手を当てて隠した。愛校心であろうそれにしてもその引率の先生たちの消極的な態度は遺憾であったしかし、これは学校の教師だけを問題にすべきではなく、家庭において修学旅行に行く前の心得として、ことに子供に信頼されている父親から、一言の注意があるべきだったと思う。中学生になると、父親に対してものを言う生徒が少なくなるが、その意識の中で父親への尊敬度、愛着度が高いことは前述の通りである。子供は、父親の言葉はよく聞くものだ。お父さんはこわいんだ、何かあったときはお父さんに聞けばいいんだと子供はみんな思っているのに、父親自身は、現実には何もしない。
子どもを叱って
子どもが確実にふえています。

個性豊かだというんだと思います。

テストの結果も見ないし、PTAにも行かないし、子供の相談にも乗っていないというのは侘びしい昭和五十一年度の総理府の青少年の意識調査の中で、二十五歳までの青少年の八五パ
セントは母親と話しているけれども、父親と話しているのはわずかに四五パーセントという統計がある。父親に何を望むかという問いに対して、もっと子供に話しかけてほしいという答えが圧倒的である。東京都内の統計ではなく、全国的な総理府の調査でもそういう答えが出ているのだから、日本じゅうのお父さんはもっと子供に話しかけてほしい。

子どもを乳房の間に挟むように垂直に抱いて

進学相談のときだけ顔を出すのではなく、子供のやっていることを知ってほしい。お父さんはふだんの子供の姿を見ていないから、子供の側に立つことができず、どうしてもお父さん側に立っての発言をしてしまう。ふだんの子供の成績も、お母さんが四0パーセント見るならお父さんも四0パーセント見る。PTAにお母さんが八九パーセント行くならお父さんもせめて七〇パーセント行く。たとえその席へ出なくても、後で先生に電話してきょうはどういうお話がありましたかと聞いてもいいし、お母さんの報告を聞いて、それに対する父親の考えを手紙に書いて学校に出す。「きょうは私は忙しくて行かれなかったけれども、女房から話を聞きました、それについての私の意見はこうです」という父親の手紙が、どんどん学校に来てよいはずなのに、現実にはどうであろう。女房の話を聞くことさえしない。
体験や感じ方

成績のことでいっぱいです。


日常的な子供のことを父親は何も関知していない、あるいは関与していない。そして進学のときだけ顔を出す父親。しかも入試に落ちれば子供以上にがっかりしてふさぎこんでしまう父親。これでは落ちた子供が自殺したくなるのも無理はない。

修学旅行と万引き

教師にとって大きな悩みは、修学旅行をいかに無事に終わらせるかということだといういつか新聞にも出ていた話だけれど、静岡県の中学生と福岡県の中学生が決闘して、廊下にすさまじい血痕を残した。どっちが先に手を出したかが問題になったけれども、片方の中学は非行歴の多い子が多くて、もう一方の中学はおとなしい子ばかりだったので、校長は大変意外だったという感想が紹介されていたこれはたまたま一つの事件が新聞に報じられただけであって、私は京都に住んでいたころ新聞社につとめていたので、よくその実態を聞かされたことがある。